大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和55年(あ)798号 決定

本店所在地

京都市南区上鳥羽鉾立町四番地

巖本金属株式会社

右代表者代表取締役

巖本光守こと李光守

国籍

韓国(慶尚北道義城郡丹北面魯渕洞七三〇番地)

住居

京都市南区西九条西蔵王町三〇番地

会社役員

李光守

一九二六年一二月一〇日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和五五年四月八日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人丸尾芳郎の上告趣意は、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 寺田治郎 裁判官 環昌一 裁判官 横井大三 裁判官 伊藤正己)

○昭和五五年(あ)第七九八号

被告人 巖本金属株式会社

代表者代表取締役巖本光守こと

李光守

同 李光守

弁護人丸尾芳郎の上告趣意(昭和五五年六月二一日付)

原判決は判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

理由

第一、原判決は

「論旨は(中略)

しかしながら原判決の挙示する証拠によると被告会社は、ミツナから土地を買入れるに際して、その坪単価を五九万円と約定した後、被告会社所有の本件土地を坪単価二四万円でミツナに売却する事としたうえミツナ所有の土地について、その表向きの坪単価を税対策などのためにいったんは四九万円とし、さらに国土法の関係や融資先の意向などを考慮してその表向きの坪単価を四七万円に引き下げ、この引き下げに伴う差額分を被告会社からミツナに売却する土地の坪単価を二〇万七、一二四万円(二〇万七、一二四円の誤記と思われる)にする事で調整した事が明らかに認められるのであって、これを覆すに足りる証拠は存在しない。」

としている。

然しながらこの事実認定は歴史的事実を無視し、理論を混淆している。

第二、即ち

ミツナ鋼建株式会社(以下ミツナという)の土地の坪単価五九万円を四九万円とした事実(〈a〉とする)とこれを更に四七万円とした事実(〈b〉とする)と

その態様内容動機はおいて根本的に異なるものである。

一、その態様において

〈a〉は坪促価一〇万円を一方的に引下げるものである。

〈b〉は売手買手双方が差額を変更しないで同額を引下げる。

即ちミツナの土地は坪単価二万円被告会社の土地は坪単価三万二、八七六円(24万円-20万7,124円)を差引くものである。

二、その内容において

〈a〉は表向き一方的であるのでその価格を裏金で支払う事になる。

〈b〉は双方同額を引下げるので、双方何の不満もなく表向きとか裏金の必要もなく、何ら隠匿の必要がない。

三、その動機において

〈a〉について

これは被告会社の都合による事が動機であった。

即ち、自己会社の有力取引先で融資をしてくれる三井物産株式会社では高過ぎる買物には当然の事として融資してくれない。

ミツナの土地は被告会社の隣接地であり、被告会社としては営業所是非必要な土地であるが売手市場であって値下げに応じない。止むなく融資先をごまかす為の買地の価格の圧縮依頼であって、被告会社よりの提案によるものであった。

この間の事情について、ミツナの社長曽根賢二は

「私と巖本社長と五九万と二四万という合意に達した後にその場で圧縮してもよろしいよ」

「具体的な数字については巖本社長と話会って応じる。それならいゝという事で巖本さんから裏金で払う、具体的な数字は六、七〇〇万円とうけたまわって結構ですと申した。」

との旨証言している。

被告会社が三井物産(株)より融資を受けるため買物であるミツナの土地の価格の圧縮を申出たと云う特殊な事情は知らなかった模様であるが、この圧縮を提案したのは被告会社よりであった事は同証言によっても明らかであろう。

この価格は坪単価一〇万円これに坪数七八七・七五坪を掛けると七、八七七万五千円となるが、その内六、七〇〇万円を裏金で渡すと云う事になったわけである。

本来なら、右七、八七七万五千円を裏金で渡すべきであったが、圧縮により得をするのはミツナのみであると云う理由でその差一、一七七万五千円をまけてもらったものである。

このようにミツナ側の土地を一方に圧縮する事は正にミツナ側のみの利益となり、被告会社には税対策上何らの利益にもならないのに、このように提案をしたのは専ら被告会社の金融を受ける必要からであったからに外ならない。

この間の事情を被告人には第一審公廷において

「三井物産から金が出るので相談したところ、五九万で買って利があるか計算せよと云われ、又交渉した。然し相手は値をまけてくれませんでした。

それで僕自身ミツナの社長と会い、再度取引をしました五九万というのを五七万(四九万の誤記ではないか?)とすると云う線が出たと思います。

五九万から坪一〇万円圧縮するという話が出たのです」

との旨述べている。

右供述は曽根証言と裏腹において一致する。

曽根証人は被告会社の三井物産(株)より金を借り受けると云う内部事情は知らないから検察官より圧縮の理由を聞かれ「税金対策なんで、税金を正当なら払うべきところ払わずは済む、だからやる、と解釈しています」との旨証言して答えているが、同人としてはかく答えざるを得ないであろう。

原判決では前述背景事情を考慮する事なく、右曽根証言をそのまゝ鵜呑みにして判断の資料としている。

尤も長尾克已も税金問題である旨述べている節もあるが、これは右曽根証言の云う税対策……圧縮……とは異なるものである。

同人の第一審公廷において

「うちが払うべき金を算定するため五九万とか二四万の線が出たわけです。その差額が出てうちのほうも税金問題もありますし、向うにも税金問題がありますからそこのところを専門家の野村さんにお任せしていた」

「こちらが売る土地は圧縮は全々しておりません。

(中略)

さつきも申し上げたように、お互に税金問題もあるし、専門家にお任せすると、こちらだけの払うだけの金額は最初わかっているわけです。その金額の中で、その金額を変えんように契約単価を下げてくれと云う事をこちらは云ったわけです。

それに従って野村さんがメモをくれたわけです。あんたとこはこのとおりしてくれ、これでいゝやからと、うちはそのとおりしたんです。

ミツナの土地が国土法に触れる事は向うが云ってました。国土法に触れんようにせないかんのやと云いました。」

との旨証言している。

この証言によれば

被告会社の土地については圧縮はないが双方税金問題がある、と云っている。

即ちこの税金問題は圧縮による税対策ではない事が判るであろう。

差額を変更しないで双方契約価格安くしてくれということこれが税金問題であり双方売値が安くなれば(被告人供述参照)譲渡税も安くなると云う事で。このような合法的な節税方法につき専門家にその方法を委任したと云う意味に外ならない。

前述〈a〉の如き一方的に坪単価一〇万を圧縮する等単純な税対策なら何も専門家にまざまざ委す程の事もない道理であろう。

〈b〉について

差額が変らなければ契約金額は安い方がよいとは被告会社側の希望であったにせよ、専門家の税理士としては、理由もなくこれを無闇に引下げるわけにもいかない。この理由の生じる処が国土法の問題であり時価の問題であろう。

これはミツナ側の事情による。

税理士野村要三の第一審公廷における証言によれば

「私はミツナの曽根賢二さんより売地坪四九万円、買地坪二四万円で話をまとめてくれとの話を聞いた。

然し、ミツナの土地は国土法の許可が必要であるから鑑定価格を調べさした。時価よりも高ければ許可がおりません。

鑑定の結果三八万円となったので、ミツナの土地には建物もありますからそこから計算して、坪四七万と曽根さんにアドバイスしました。

そこで買地の方も受渡し差額を変更しないで双方損のないよう坪二〇万七、一四二円に値下げしてもらった。

圧縮がなければ(坪一〇万円圧縮のこと)坪四七万円で別に差支えないと思う。

四七万円というのが時価であるし、買った土地も大体あの当時坪二〇万円くらいが時価でした。事実五三年の一二月にその土地を売っているんですが、その時も九、九〇〇万円で売ってますので大体二〇万円ちよっとの金額ですから、それが時価と私は思って居ります。

結果は差額の問題だけで、あとは時価を反映さした取引であれば問題ないと考えて居りました。

相手側の巖本さんの方から、その土地を圧縮してくれとか、圧縮しよう等の話は全くありませんでした。

私は巖本金属の土地を坪二四万円で修正申告をしたが、これは国税局に説明をしたんですが取上げてくれなかった。これは課税問題になるんですか、現事業年度に現実に土地を売ってますので売却損が大きく、通算すれば同じ事という事でした。」

との旨証言している。

この点に関して曽根賢二は

「売る土地については坪四九万で売買契約書を作成する際に買う土地坪単価二四万円という事で契約書を作るよう相談したのです。

売る土地が坪四七万となったのは国土法が絡んだ事からです。

一、五〇〇平方米以上の土地の売買は届け出て確認を取らねばいかんと云うことで新しく出来た法律で三井信託銀行の不動産部に鑑定を依頼してお願いしていたのです。その関係で買う土地の坪単価もそれに応じて下さったのです。」

との旨証言して居り右野村証言と符号している。

又差額を変更しないで双方契約価格を下げることが税金問題であると云う点につき被告人も第一審公廷において弁護人の問に答えて

「一方的に値を下げれば損するので下げません。

向うも下げるので下げてくれと云うなら、うちは損しません、うちもそれだけ下げます。

それなら税金も下がると思った。」

旨供述している。

第三、長尾克已及び被告人の検察官調書の記載内容について

一、長尾克已に対する昭和五三年三月七日付検察官調書第六項によれば

「(前略)

(1) (項目の番号は説明の都合上弁護人が付したもの)しかし双方の話し合いによりそれぞれ一万円づゝ単価をダウンし五九万円と二四万円という事で双方の折り合いがつきました。

ところで、巖本金属としては、この土地の仕入れ代金の一部を三井物産から借入れる予定をしており、この借入れにあたり買取る坪単価が高いとクレームをつけられ、場合によって借入れなくなる恐れがありました。

そのような事から巖本社長がミツナの曽根社長に対し坪単価をできるだけ低くしてもらいたい。また坪単価を低くするためある程度代金を圧縮してくれとの申し入れをした。

(2) とにかく私も社長も買い土地を売り土地の代金の差額を坪単価五九万円と二四万円とによって決めれば、買った土地の代金と売り土地の代金をかなり下げても、その差額さえ支払えばよいとの考えがありました。

(3) その上、差額の一部を簿外で支払えばさらに単価をさげることができ三井物産からの借入れもスムースに行くと思っていたので圧縮の話をしたのです。

(4) するとミツナ鋼建側はこの申入れを聞き入れ細かい計算は野村先生に一任するという事になりました。

なお、この場において野村先生から圧縮金額は七、〇〇〇万か八、〇〇〇万でどうですかという話しがあり、巖本社長はこれを了承しました。

その後私は圧縮によって儲かるのはミツナ鋼建だけと思われたので、私は曽根社長にその事を話し「こちらも多少いい思いをさしてくれ」と云いますと、曽根社長は野村先生と相談してこれを了承しました。」

とある。

これらの記載事実を漫然通読すると、一審判決や原審判決の認定の如く坪単価一〇万円の圧縮も坪単価四九万を四七万とし、それに応じ被告会社の土地を単価二〇万七、一四二円に引き下げたのも別にこれと云った理論的な区別もなく一律に税務対策や三井物産に対する考慮や国土法の関係より表面上のみ処置した圧縮納税の如く見られない事もない。

然し、右供述調書の記載事実を更に仔細に検討すれば必ずしもそうではないと思料される。

即ち、右記載事実の(1)と(3)は三井物産に対する考慮として一方的な圧縮の事実であり、(2)は差額が坪単価五九万円と二四万円とで計算上確定されるから、その差額を変更されなければ双方坪単価はある程度下げられる。という事であり、これが長尾証人や被告人の考え方の根幹であった。

この思考過程について原告に対する控訴趣意書で詳述している如く、差額を変更しなければ双方単価を下げ合っても双方何ら損害もないのであるから、これを下げ合う事につき双方何らの異存がある筈はない。

従って納得づくで下げ合うのであるから何らこれを秘匿する必要はなく、而もそれぞれ売り値が損する事なく安くなり、税金も節税出来ると云う考え方である。

従ってこれらの方法につき専門家である野村税理士に依頼したという事である。

であるから、坪単価一〇万円圧縮の事実と差額を変更しないで双方単価を下げ合う事実とは次元を異にしているもので原判決の如く一律にこれを取扱うべきでないと思料される。

よって、前記供述調書(4)に記載されている如く圧縮金額は七、〇〇〇万円、五八、〇〇〇万円……実数は七、八七七万五千円……と云うのであり「圧縮で儲けるのはミツナ鋼建だけと思っていたので……」と云う如く、被告会社には圧縮がないものと考えていた証左とも思われる。

若し被告会社も原判決が云うごとく一、五五五万五千円の圧縮がある事を認識しているのであれば長尾や被告人がそのような事を云い出さないであろうし、相手方の曽根社長や野村税理士が一、一七七万五千円もの多額の値引を承知する筈がないと思われるからである。

当初ミツナの土地坪単価を一万円下げた後はその実際価格の値下げ交渉にも応じてなかった点を考慮に入れれば、右の一、一七七万五千円の値下げはその理由が充分納得出来た為と思われる。

凡そ検察官調書は検察官の頭を通してまとめて作成されるものであり、検察官は国税局より告発された事実に基きその予断を以つて取調べに臨んでいるので長尾克已の供述事実についても、その内容が検察官の頭の中で取捨選択され、その事実の配列や順序も、構成要件に該当する如く組立てられて作文されるものである。

従つて右供述調書によれば挙句の果ては、到底長尾克已の生の言葉とは思われない「巖本金属の土地売買金額は一、五五五万五千円は圧縮されております。」

の記載事実で結ばれている次第である。

二、被告人に対する昭和五三年三月一三日付供述調書第九項の記載事実について

国税局における調査時の質問てん末書には本件土地の売値の圧縮と認めた記載は見出し得ないので終始これを否認していたものと思われる。

右検察官調書によれば

「(前略)

ところで三井物産から金を借りるとなると買入れる土地の価格や利用価値などが審査の対象となり、あまり価格が高かったりすると融資も受けられなくなるので、その事を曽根社長に話し売地と買地の取引価格を出来るだけ安くして契約書を作成してくれるように申入れました。」

とある。

右文意は三井物産から金融を受けるのであるから、買地の値を表面上(契約書上)安くしてくれと云う事であり、この際売地の価格を表面上安くする必要など全くないに拘らず、右の如く「売地と買地の取引価格を安くして……」と記載されているのは全く供述者の意思を度外視した検察官の構成要件事実に符合さすため所謂「筆の運び」による作文と断ぜざるを得ない。

又同調書によっても前記長尾調書にあった如く「圧縮によって損をするのはミツナ鋼建である」

旨の記載があり、ミツナのみの圧縮を訴えている。

然るに更に奇妙な事には

「私は野村税理士からこれらの説明を聞き売買代金の一部つまり七、八〇〇万円ほど圧縮する事を承知したわけですが当時はミツナ鋼建から巖本金属が買う土地建物について圧縮したものと感違いしておりました。

代金の圧縮は売地も買地についてなされた事は国税局の調べではっきりしました。」

と云うのである。

前記のとおり、国税局の調べではこれを否認しているのであるから「国税局の調べではっきりしました」との供述記載は合点が行かず、これは検察官より「国税局での計算結果このようになっているぞ」と云われ「あゝそうですか」と答えたに過ぎないものであろうし、又「感違いをしていた」と云うのであるから被告会社の土地の圧縮については認識がなかったと云うに帰するのであろう。

第四、最後に被告会社の土地は坪単価二四万円を二〇万七、一四二円に圧縮したと云うのであるから二〇万七、一四二円を表面上の価格にしたと云う事である。

従らば何故このように端数のついた価格を表面上の価格にするのであろうか、誰が見ても奇異に感じられる数額である。通常その実の価格を秘し表面上の価格を掲げるなら誰しも怪しまない二〇万円とか二〇万五千円とか端数のない坪単価とするが通常と思われるのに、かゝる社会通念に反した価格を契約書に記載している事が反って被告人の圧縮に対する認識がなく(圧縮の事実がない)双方値が合法的に下さがる計算方法を専門家である税理士に委していた結果であると思料される。

以上により被告会社の土地の売上価格につき何らの圧縮もなく原判決の認定は事実を誤認し著しく正義に反するものと云わねばならない。

以上

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